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「補聴器×メガネ」。新たなデバイスの誕生に期待が高まる

現在、開発が進められている片耳難聴用のメガネ型ウェアラブル・デバイス「asEars」。
この開発の裏ではトニーセイムの知識と経験が大いに役立っている。

 東京大学大学院工学系研究科に籍を置く高木健さんをリーダーに生まれたメガネ型ウェアラブル・デバイスプロジェクト「asEars(アズイヤーズ)」(www.asears.net)は、片耳難聴者のために生まれたプロジェクトだ。この取り組みは自身も片耳難聴である高木さんが感じた不便さから始まった。

高木さん(以下、高木) 静かな場所では問題なく会話ができるのですが、たとえば、人が多く集まる繁華街などでは聞き取れない場合があります。一日中、補聴器をつけていないと暮らせないほどではないので、片耳難聴の方たちは慣れない補聴器をつけるのであれば我慢してしまいがちですね。

 高木さんも不便さから補聴器をつけたこともあったそうだが、使い勝手が悪く、慣れない。次第に高木さんは自身がかけているメガネに補聴器の機能を備えられないかと思うようになったのだという。
 このプロジェクトにメガネのプロとして参加しているのが、トニーセイムのショップマネージャーであり、フィッティングのプロといわれる中村さんだ。高木さんらの取り組みが紹介されていたTV番組を偶然目にし、すぐに興味を持った。

「僕の役割はメガネの構造とフィッティングの知識を伝えること。そして、彼らの背中を押すことでした」

中村さん(以下、中村) それまで片耳難聴のことも知りませんでした。でも、補聴器の機能をメガネに加えようとしていることに面白さを感じたし、同時に難しそうだなとも思ったんです。僕も過去に補聴器をつけた方のメガネのフィッティングをしましたが、補聴器の機能を損なわないようにしなくてはならなかったので、とても難しかった。でも、メガネと一体になっていればクリアに判断できるようになります。もしかしたら、僕らの知識や経験を役立たせることができるのでは?と思い、次の日にSNSでコンタクトを取りました。

この中村さんとの出会いが、高木さんたちに新たな気づきをもたらした。

開発初期のasEars。既存のメガネフレームをベースに3Dプリンターでデバイスを作り込んでいったという。現在とは形状も全く異なるものだった。

高木 補聴器機能を持つasEarsは、普通のメガネ以上に調整が難しくなります。僕らは骨伝導スピーカーとしてのフィッティングは気にかけていましたが、中村さんの話を聞いてメガネとしてのフィッティングも両立しなければならないことに気づきました。

野崎さん(以下、野崎) それこそ、最初のころは眼鏡の形をしていればいいんじゃないかくらいしか思っていませんでしたから。

中村 限られた時間の中で打ち合わせを重ね、少しずつ改良していった結果、最初のころとは全然違うものになったと思います。僕がメガネの構造やフィッティングについて話したことで変わっていったのならば、参加した意味があったのかなと思いますね(笑)。

 新たに生まれたasEarsは、聞こえない耳に取り付けたマイクが音声を拾い、聞こえやすいように処理して、聞こえる耳に骨伝導スピーカーで伝える。2022年の夏にはいよいよユーザーテストが始まるそうで、今回は特に仕事で困っている片耳難聴の方を対象に実施していくという。このユーザーテストにはトニーセイムのフレームが提供される予定で、中村さんのフィッティング技術が活かされる。

「僕個人の感想ですが、asEarsをつけると少し臨場感のある音に聞こえます。
これで片耳難聴の方たちの不便さが少しでも解消できたら嬉しい」

中村 トニーセイムのメガネはしっかりと安定させたうえで必要な柔軟性を持たせているので、asEarsとの相性もいいと思います。だか、ただサンプルを提供するのではなく、ユーザーの方と一緒に似合うメガネを選んでいきたいなと思っているんです。

高木 今、日常生活の中でいい具合につけられるようになってきましたが、つけ心地も含めてもっとブラッシュアップしていきたいですね。

 まだまだシークレットに包まれたasEarsだが、当然、補聴器としての機能にも期待が高まる。これまでの補聴器は、人によって聞こえる感覚が異なることに加え、調整する担当者のスキルやカウンセリング力によってもばらつきが生じるのだという。高木さんらは、その課題を解決するため、品質をきちんと保つアプリの開発にも着手している。

高木 一人ひとりの感覚が異なるのは、メガネのフィッティングとも共通していますね。片耳難聴の場合、聞こえる耳の聴力は変わりませんが、難聴の方の耳は聞こえ方が変わってくるし、補聴器の慣れ方でも調整が必要なので、結構、難しい面があります。

野崎 それこそ、未来はアプリで賄えるようになるかもしれないけど、今は地道にその人に合わせてフィッティングしていく。それが大事だということを中村さんから学ばせてもらいました。それが今の開発にも生きていると思います。

 今回の取り組みは、トニーセイムが掲げるブランドコンセプト「Connect つながる」の一端が垣間見られる。異業種とのつながりから新たな価値を提供する。そして、困っている人たちの役に立ちたい。その思いが根底にあるからこそ、トニーセイムはasEarsに共感したのだ。

中村 僕たちは目が見えなくて困っている方をサポートしていますが、同じく、耳が聞こえなくて困っている方たちにも届けられる何かがきっとあると思っています。そういう意味でも、今回のasEarsとの取り組みはトニーセイムらしいと思います。asEarsが無事に製品化されたらとても嬉しいし、このプロジェクトを通じて僕たちも得られたものがあると思うので、今後も面白い出会いがあれば挑戦していきたいですね。

  • 野崎 悦

    東京大学大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻修士課程卒業。asEarsを動かすためのソフトウェアの開発や電気回路の設計などに携わってきた。

  • 高木 健

    東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻博士課程2年。asEarsの代表。 現在は研究の一部として活動しているが、卒業後はasEars の普及のため法人化も視野に入れている。

  • 中村 聖

    トニーセイムジャパンのショップマネージャー兼営業担当。メガネの加工やフィッティングなどの技術に長けており、頼れる職人肌。趣味は山登りや料理。